日本人大学生が中日交流に対する意識の考察
――熊本市を例として
要旨:日両国は、長い歴史のある「一衣帯水」の隣国である。日本人が対中イメージは中日関係の変化とともに変わっているものである。直接的交流は国民の正しい対中イメージを作るのに積極的な役割を果たしている。その中で、大学生間の交流は中日関係の未来に影響を与え、両国の善隣友好の絆をより強いものにしていくこととして大変意義深く、中日関係を支える基礎でもある。本論文は今の日本人大学生は中日交流に対してどのような意識を持っているのかをアンケートと通して調査し、その原因を検討する。さらに、中日交流にある不足点を探り、改善できるところを考えてみる。
キーワード:中日関係 大学生 交流 意識
一、文献综述
中日両国は、長い歴史のある「一衣帯水」の隣国である。国交回復前から中国との間に経済・文化・学術・人事等の民間交流を促進し、各種多彩な民間交流活動を進めてきた。2000年の交流歴史もある中日両国は切っても切れない複雑な関係にある。実際に、日本人が中国に対するイメージは中日関係の変化とともに変わっているものである。
沈海涛(2005)は歴史上での中日間の交流をまとめた。7、8世紀の隋唐朝から19世紀後期の幕府末期まで、日本は中国の文化に大きく影響されていたため、中国に対して恐れながら敬うイメージであった。しかし、1840年-1842年麻薬のアヘンの贸易をめぐって起きたアヘン戦争で日本人の対中イメージは大きく変わった。中国でアヘン吸引の悪弊が広まっていき、風紀も退廃していた。また、民度が低下し、自暴自棄の下層民が増えた。日本人は中国を軽蔑し、優越感も生まれた。1949年中華人民共和国の成立後、長年侵略してきた中国に申し訳ない気持ちを抱く同時に、共産主義を目指す中国に対し、好感度を持つようになった。中日国交回復以降、両国の関係は安定化へ向かった。1963年、中日の民間往来の発展と需要に基づき、周恩来総理の呼びかけの下、中華全国青年連合会等19の全国レベルの団体が発起し、「中日友好協会」を結成した。さらに、1978年鄧小平が提出した「改革開放」政策により、中国の国際交流が頻繁になって、中日の交流も一段と積極的に進んでいたと述べている。その時の内閣府が実施した世論調査では、80年代日本人が中国に抱く好感度は70%―75%であった。日本国民も中国の発展を期待しているようである。しかしながら、六四天安門事件が起きた後、日本国民の対中好感度は下がっていき、21世紀に入ると、さらに下げる傾向がみられると指摘している。
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